2016年5月11日

ヨガ、はじまり

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生まれて初めてヨガをしたのは、2004年2月。
わたしは1年半に及ぶ長旅の途中で、ちょうど、”ヨガのふるさと”と呼ばれるインドのリシケシに滞在していました。
たまたま知り合った日本人の男性に、「せっかくリシケシにいるのだから、ヨガをやろう」と誘われたのですが、それまで「ヨガ=宙に浮くもの」というイメージしかなかったわたしはあまり乗り気ではありませんでした。
しかし、重い腰を上げてヨガクラスに参加したら、これがおもいのほか楽しかった!
先生は、インド人の若い男性。
声がとても丸く、マントラを唱える声音が朗々と美しかったのが印象的です。
そして、”Very Good!!””初めてには思えない!””センスがいい!”とおだてられ、上機嫌になったのが運のつき。
その後、数年間のブランクはありましたが、いまでもヨガを続けているのは、その先生のおかげです。

数年間のブランクの最中には、「ヨガをやりたい」と感じたこともありました。
「やらなくちゃ」と、義務感から動こうとしたこともありました。
でも、全然からだが動かなかった。
人間、こころに嘘をつくことはできても、からだを騙すことはできません。
ヨガをやろう、やらなくちゃ、やったほうがいいとわかっていても、なぜか気分がのらなくて、からだを動かすことはできませんでした。

再び、こころにヨガの火が灯ったのは2007年、ニューヨークに引っ越した頃。
ヨガマットを肩に抱えて、颯爽とマンハッタンを歩く女性が、とても凛として、素敵に見えたのです。
わたしもあんなふうに、背筋を伸ばして歩きたい。
初めてのひとり暮らし、ニューヨークという街の勢いに押され、しかも、仕事も人間関係もうまくいかない。
そんななかで、どんよりと心を鈍らせていたわたしに、ヨガは居場所をくれました。
「無理に手を伸ばす必要はない。ヨガはいつでもわたしを待っていてくれる」
そんなふうに思いました。

「ヨガをして、なにか変化はありましたか」とよく、尋ねられます。
そのたび答えに詰まりますが、変化があったか、なかったかと言われたら、「変化しかなかった」と答えます。
考え方も、まわりの友人も、食べものも、仕事も、着るものも、読む本も、すべてのなかにヨガがある。
あのとき、無理やりにでもわたしをヨガクラスへ誘ってくれた友人には、本当に感謝です。

少しずつ、ヨガの話を書いていきたいと思います。
100人のヨギーがいれば、100種類のヨガがあるように、これはわたしだけの、ヨガの話です。

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