2016年11月10日

ヨガと、ヨガを通して気づくこと

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わたしのヨガ人生の中で、これほど長くヨガから離れた時はあっただろうかというくらい、しばらく、ヨガスタジオから足が遠のいていました。
しごとを全部放り出して、行こうと思えば行くことはできたのだけど、それでも足が向かなかったのは、気持ちがヨガに追いついていなかったのだと思います。

この慌ただしさはなんなんだと思うくらい、本当に心と体と頭がバラバラで、先日、免許証の更新へ行ったのに、スッピン&髪の毛ボサボサで写真を撮られ、「ああ、こんなひどい顔の免許証を3年間も使わなければいけないんだなあ」と、一瞬写真を封印したい気分になったのもつかの間、「でも、面倒くさいんだから仕方ない」と開き直ってしまったわたしは、どこかネジがずれていたのかもしれません。

昨日、本当に久しぶりにヨガへ行って、わたしがヨガからどれだけ遠ざかろうとも、ヨガはいつでもわたしを待っていてくれるのだということが、心強く思えました。
そして、たくさんの記憶が手の中へ蘇ってきました。
体の力を、必要なところだけ残して、あとは緩めていく感覚とか、
反対に、力が必要なのに、怠けてしまっている部分に気づくこととか、
ものごとの表層に浮かぶ、ほんの些細なことに感情が振り回されて、奥深くまで目が行き届いていなかったなと振り返ることとか、
文字にしようとすると難しいけれど、とても大切なのに忘れがちだったことを、たった60分のクラスで気づかせてくれるヨガってすごい。

ヨガ友だちが2ヶ月間、バリへ行くことに決めたというので、オススメのカフェやレストランをピックアップしながら、去年の年末、3日前に航空券を手配してバリへ飛んで行ったことを思い出しました。
写真は、スミニャックで通ったオーガニックカフェのアサイーボウル。
朝、ヨガのクラスを終えて、片道30分以上歩いてこのカフェまで向かう道のりが好きだったなあ。
午前中の太陽に、海がキラキラ輝いていた。

海外へ出発するのに、3日あれば十分!
……なのだけど、たぶん今年は日本で年越し。
今は、あらゆる音が雪に吸い込まれる静寂の世界で、「寒い」という声も出せないほどガタガタと震えながら、鉛色の空の下をただひたすら、歩きたい気持ちです。

hiro