2017年4月9日

鉛筆と夏の家

 

4月のテーマ『愛用品』といってパッと思い浮かんだ本がこの本でした。

 

『火山のふもとで』松家仁之 amazon

主人公 “ぼく“ が入所した設計事務所は、「夏の家」と呼ばれる別荘に夏になると移動するのが慣わし。秋の国立現代図書館設計コンペに向けて静かに燃立つ所員たち。その一方で老建築家 “先生“ の姪と密かに恋に落ちる “ぼく“ 。ひとつひとつが当たり前のように移り変わり、ひと夏を形成してゆく。そんな風景がこれ以上ないほど丁寧に綴られた作品です。

 

愛用品について書かれた本というわけではありませんが、主人公はじめ所員たちが日常で使う鉛筆の描写があります。その部分がとても好きで何度も読んでは風景を思い浮かべました。

 

一部抜粋してみます。

 

「九時になると、ほぼ全員が自分の席について、ナイフを手に鉛筆を削りはじめる。鉛筆はステッドラー・ルモグラフの2H。Hや3Hの人もいた。〈中略〉

 入所すると、先生が手ずから名入れしたオピネルのフォールディングナイフが鉛筆削り用に手渡される。短くなった鉛筆にはリラのホルダーがストックされており、長さが2センチを切ると、梅酒用の大きなガラス瓶に入れられて余生を送る。瓶がいっぱいになると夏の家に運ばれる。何に使われるわけでもないが、暖炉脇の棚には鉛筆がぎっしりつまった七つものガラス瓶が並んでいた。」

 

ここだけ抜き出しても本当の意味は伝わらないかもしれないけど、少しは雰囲気がわかってもらえるかと思います。

ステッドラー・ルモグラフの鉛筆やオピネルのナイフ、リラのホルダーという物としても素敵な道具たちはそれだけでもう佇まいがあります。

 

鉛筆は必ず決まった時間に削られます。初日にそれを知らなかった “ぼく“ が手があいたからといって鉛筆を削りはじめると、先輩が説明してくれる場面があります。鉛筆は朝と午後に削ることになっている。夜、爪を切ると親の死に目にあえないというけれど、迷信をばかにしちゃいけない。と言うのです。

 

あとで確認してみると、午前と午後で最大十本の鉛筆を使うぐらいが仕事の正確さを守ることになるし、鉛筆の扱いも丁寧になる。それ以上削らなければいけないのは考えなしに使ってる証拠だということなのだそう。

 

つまりきちんと仕事をするための知恵なんですね。

 

“神は細部に宿る“

 

かつてわたしの上司は口をすっぱくしてそのことをわたしに教えてくれました。

不器用で大雑把なわたしは、なかなかその教えを自分の身にすることができず、上司をがっかりさせましたが、精神としては本当にその通りだなと思います。

 

愛用品とは大切に丁寧に使って、自分の身の一部にしていくもの。

 

自分がちょっと今使い捨てているなと感じる時(生活が荒れてくるとすぐそうなってしまうのですが)、この本を手にとってページをめくり、少し丁寧に生きようと心を改めております。

なかなか続かない現状が悲しいですが……。

sakai