2017年4月19日

おなじ街に住む

彼と同じ街に暮らしている

というのは知っていたし

一度駅前ですれ違ったときなんかは

ほんとうに心臓が止まるかとおもうほど

ドキドキしたけれど

こんな風に

住んでいる区が広報誌に彼が載るなんて

おもってもいなかったので

朝刊と一緒に入って来たこの冊子を見て

とってもびっくりした。

昔はひとりで

だれにも打ち明けない孤独とともに

今はこどもたちと

だれにも打ち明けないこどくとともに

彼の詩のおかげで

わたしはきっと1人じゃなかったんだなあと思う。

その存在はもう世に数多ありすぎて

空気のようだけれど。

***

この記事の中で彼が

”最初の詩集は『二十億光年の孤独』。そのころのぼくは、ローカルなものに興味や執着がなくて。

宇宙が自分のふるさとだと思っていたから、日本も杉並もふるさとではなかった。

だから杉並は、ずいぶん長い間ふるさとっぽくなくてね。」”

と話しているところが泣けた。

***

私が無くなって寂しく思っていた

善福寺川緑地沿いにあったすてきな阿佐ヶ谷団地も

彼は阿佐ヶ谷団地ができたことで景色が変わって

富士山がみえなくなったことを嘆いていた。

私がノスタルジーの象徴みたいに思っているパールセンターも

彼はあそこは舗装されていない泥道だったと

懐かしく思っていた。

***

時代を超えて

同じ街に住み続ける人々が

みてきた景色を

言葉のバトンで託せたら

それはほんとうに

同じ街に住んで

 

よかったな、と思えるひとつのコト。

 

SAKI