2017年4月24日

インドでの愛用品<日記帳>


鏡に映した画像ではありません。

Rollbahnの期間限定品のノートが2冊。
まさか、ヨガのインテンシブコースで一緒になり、知り合ったお友だちが同じノートをカバンから取り出すとは!
世の中には、こんな偶然もあるものです。
いや、言葉遊びじゃないけれど、偶然ではなくて必然なのだろうな。

この人と知り合うことは、わたしにとって必要なことだった。
それと同じく、この人にとってもわたしと知り合うことは必要なことだった。
そう考えるのは、別にスピリチュアルの話でもなんでもなくて、この世の仕組みなのだと思います。
すれ違う人は毎日何十、何百人いたとしても、その中から仲良くなって、今後も付き合いを続ける人は果たしてどれだけいるだろうと考えると、すべての出会いは必然であり、意味のあることだと思わずにいられません。

でも、必然とは「必ずそうなる」とあらかじめ決められていることではなくて、たくさんの選択肢の中から、「これ」と思うものを選んだ結果なのであり、もし、「それ」というものを選んだら違う結果が待っていただろうし、それもまた「必然」と呼ぶのだろうと思います。
実際、わたしはインテンシブコースに参加するのを迷っていました。
でも、あるきっかけがあって参加することにした。
だから、このノートを持っている人にあった。
事実はたったそれだけです。

「マンゴーの実が欲しいなら、マンゴーの木を植えなさい」
数年前、リシケシにいる石屋さんと話をしていて、こう言われたことを思い出します。
必然を作るのは神様ではなくて自分自身なのであり、人生の岐路に立ってどの選択肢を選んでも自分には最善と思われる結果が待っている。
だから、「晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変らざりけり(by 山岡鉄舟)」なのだろうなと思います。

……とか、なんとか、いつもコムズカシイことを考えているわけではなく、昨日の日曜日はガンジス川にぷかぷか浮かんで、「ああ、青空がきれいだなあ」「このまま流されてバラナシまで行きたいなあ」なんて思っていました。

あっという間のインド生活。
1日2杯までと決めているチャイも、あと何杯、飲めるかな。

hiro