2017年9月30日

どこにも行けなかった夏をこじらせて

どこか遠くへ行きたい、という思いを、人より強く抱くようになった原因のひとつは、旅行嫌いの両親の影響だと思う。

正確に言えば旅行が嫌いというよりも、家族サービス全般が嫌いな親で子どもの相手なんかするよりは自分の付き合いや趣味を優先させたかったんだろう。若い頃はずいぶん恨めしく思ったものだが、大人になってみると両親の気持ちもわかる。だって彼らだって、まだ20代や30代の若者なんだから。

とはいえ、小学校の時は、夏休みに離島だったり、キャンプだったり、おばあちゃんの家なんかに出かけていく同級生を見るとやはり羨ましく感じたものだ。私はよく見慣れた東京と千葉の県境にある、ぱっとしない埋立地の風景を眺めて、部屋でマンガを読むか、近所のプールに出かけるくらいしか予定がなかった。

なので高校を卒業するやいなや、まずは京都に一人旅をした。
今ではちっとも珍しくないけれど、ちょっと昔は若い女性のひとり旅など「傷心旅行」以外はないと思われていて、泊まった民宿のおかみさんが、何かはやまったことをしやしないかと心配し、何度もお茶を持ってきたのも、振り返れば微笑ましい思い出。

旅行には縁がないのに旅行好きになり、歴史などない埋め立て地育ちが歴史好きになって、人間って自分にないものばかり欲しがる、ややこしい生き物だなと我ながら思うのだった。


エストニアの湿原にて。

 

miki