2017年9月23日

XYZ

無謀だと感じるような夢を持つことも、生きていく楽しみのひとつ。

自分で弾いてみたいと想い続けている曲があります。
上原ひろみさんのXYZです。
初めてこの曲を聴いた時、彼女の姿、表情、瞳の色に、
分離していた音と人がひとつになり、大きな命になっていくように見えました。
始まりも、終わりも何もかもが気持ちがいい。
不協和音すら全て受け入れて、遊びに変えている世界の清々しさ。

弾きたい、この渦に没頭して音と共に昇りたい。

練習しようかという時に、ハワイ移住が決まり、
今も弾くことなど到底叶わぬまま、ピアノすらない日々です。
だけど、好きな曲、聴きたい曲はたくさんある中で、
自分が弾きたい曲はそうないし、細胞がこの音の群れを響かせたいと
願っているような気がして、イマジネーションの中で時折響かせています。

もちろん、私はピアノを普段弾いているわけではないので、
この曲を弾くなんて無謀な話です。

でもそんな小さな野望は、好きなことを体現するエッセンスになる気がします。

歌っている人、楽器を奏でている人の全体から出るエネルギーやマインドと、
音が持つ世界が融合されるのを見るのが好きです。

私の祖母はピアニストでした。
周りも音楽家ばかり。
家は、ピアノの音で常にあふれていました。
初孫だった私は何時間もピアノの前に座らされ、
自分で始めたバレエの方が好きだった私には、
プレッシャーも手伝い、正直苦痛でした。

でもその祖母が私に言った言葉が今でも残っています。
「聴いてる人に、世界を魅せなさい。風や星、香りがやってくるように。
絵を見せるように、まず自分が感じてその中に入ってから、鍵盤に指をおろしなさい。」

期待に沿うような孫ではなかったけれど、
彼女が生きたように、自分の心向かうことに沿って生きることで
意図せず、誰かの心にほんの少し別の世界を映すことができたらいい。

だから、この野望を諦めず、もう少し大切に持ち続けてみようと想うのです。

もしかしたら、XYZを弾く上原さんの無邪気なまま自分の密度を上げていく姿が、
いちばん惹かれている理由なのかもしれません。

tsuki